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東川町
写真の町実行委員会
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1985年の第1回から数えて25回の節目となる今回の東川賞。四半世紀の歴史には世界情勢の大きな変化や経済の浮沈による強い波動があった。また昨年来世界的に席巻している経済不安は、企業の業績悪化等により多くの文化的営為への支援停滞や打切りとして顕在化しつつある。このような時代にあって芸術文化の行く末は? といった悲観的気配の中で2009年が始まったが、日本映画がアカデミー賞を受賞した事や、野球におけるWBCでの優勝など、このような時代に勇気を与える出来事として大きな感動を呼んだ。映画やスポーツなど、娯楽として政治経済に比べれば重要性が低く見られてしまうような事が、実は社会の雰囲気を劇的に変化させる事が可能である事を証明した。経済効果としても、それは莫大な数値になるという。

 今年の東川賞審査会は、長年貢献された山岸享子氏が任期を全うされ退任された。そして新たに写真家の山崎博氏、批評家の楠本亜紀氏が加わり、3月末に行われた。「東川賞に相応しい写真とは?」という本質的な議論もあり、充実した審査会になった。写真は科学の子として誕生し、その卓越した記録性により一つのツールとして19世紀以降の社会に大きく貢献してきた。研究や広告、報道分野から表現まで、そのすそ野は大きく広がっている。その中から東川で顕彰されるべき写真とはいかなるものだろうか?自明な事として一つには写真芸術としての秀逸さという判断基準がある。芸術は、人間の文化的な営みとしてその歴史とともにある。乱暴にもひと言で言えば、芸術とは人間の様々な心の動きを伝える方法、表現である。人間の豊かさや可能性を讃えるものが芸術なのではないか。だからこそ、顕彰する意味があるといえる。

 東川賞規定を見れば、「これからの時代をつくる優れた写真作品(作家)に対して」と基準が記載されている。東川賞の設立時に示された、多くの可能性を認め限定しない、その緩やかな判断基準の先見性に敬意を表したい。どのような分野であろうと時代にコミットした優れた写真作品が東川賞として顕彰されることに相応しい。

 今年の国内作家賞は柴田敏雄氏である。満を持してというか、これまで東川賞を受賞されていなかったのが不思議という思いも強い。90年代初頭に日本各地のコンクリートによる護岸工事の跡を大型カメラで切り取り、そのテクスチャーによる端正な画面構成と白黒のトーンの美しさでまとめた「日本典型」。このシリーズで木村伊兵衛賞を受賞し、近年は海外での制作発表が続いていた。昨年の東京都写真美術館における「ランドスケープ 柴田敏雄展」が国内における最初の美術館回顧展になる。様々な人工構造物をとらえたモノクロームの繊細なコントラストによる表現から、柔らかな色彩への感応としても広がった近年のシリーズ。この新シリーズで東川国内作家賞受賞となった事は、また逆に極めてタイムリーであったと言えるかも知れない。

 新人作家賞は東川賞の中でも特に重要なパートである。それは、賞によって新人を見いだす事。その未知の可能性を見極める“選ぶ側”が試されるからでもあろう。今回は石川直樹氏に決まった。そうした点で、石川氏の近年猛烈なほどの展覧会や出版の活動とその受賞歴からみれば、すでにポピュラーであり、むしろ他の新人を、という声もあった。しかし、石川氏の活動はそんな議論をも超越して活発であり、受賞を妨げる理由は無い。石川氏は学生時代に冒険家としてそのキャリアを始めている。しかし大学院入学後からは写真家として極地体験を視覚化する行為、文化人類学的な興味から様々な場所を旅しての撮影を続けている。特に最近作の”Mt.Fuji”など、その経歴ゆえに生まれ得る写真、写真家としての独自性が育まれつつある事が評価となった。

 北海道に関連した活動に対して焦点を当てる特別賞の今回は露口啓二氏に決まった。露口氏は札幌で活動する写真家である。氏の作品は必ずしも写された写真を見るだけではテーマを理解し得ない。”On-沙流川”と題された写真がある。沙流川と言えば故萱野茂氏の平取町の傍らを流れ、物議を醸した二風谷ダムを抱えるなど、アイヌの文化に興味を抱いていればピンとくる地名であろう。写真には特別ではない原野や湿地帯の部分が写っている。露口氏は、地名の語源を調査し、その語源に関係する地形を現場の風景に見いだして撮影した。さらに時間をおいて同じ場所から別の角度を撮影するなど、その地名をめぐる時間や空間の再構成についての熟考によって制作された作品である。北海道はもともと先住民たるアイヌの地名から成り立っている。その事を事実として知っていても、日常からは遠ざかっている。こうしたテーマで写真がとり続けられる事によって、我々はその埋もれてしまう歴史を知る事が可能になる。

 海外作家賞は、オーストラリア出身のアン・フェラン氏に送られることとなった。アン・フェラン氏はシドニー生まれ。オーストラリアにおける植民地としての歴史や、とりわけ女性性を基本とした社会の片隅における婦女子の存在をテーマにした写真作品で知られる。審査会では19世紀の女性や子供たちの衣類を光で浮かび上がらせたフォトグラムのシリーズや、精神病院の女性収容者について、過去の写真アーカイブから引用し再構成したシリーズ、またレースで出来た孔雀の羽を広げたような帽子のシリーズなどの資料を見る事ができた。レースを編む移民の女工とその子孫をモチーフにして、その風景と子孫とレースの帽子を浮き上がらせた作品は、世代を超えた関係性を祝賀する。アン・フェラン氏はこれまで滞在した土地特有の歴史を調査し、その中に埋没した匿名の生命や歴史に自身の制作によって光を当ててきた。事物を視覚的に正確に伝える写真の力を基本にしながらも、見えない歴史や積層した時間にまで眼を向けようとする姿勢や方向性は、特別賞の露口氏とも共通する部分であり受賞に相応しい。

  最後になるが、長年新鮮な視点から写真を見ていただいた筑紫哲也氏が昨年11月、そして長きにわたって幹事委員として東川賞を牽引してくださった平木収氏がこの2月に逝去された。東川賞審査会よりここに慎んで生前のご貢献に感謝しご冥福を祈りたい。


東川賞審査委員  佐藤時啓



第25回東川賞《海外作家賞》 "The Overseas Photographer Prize"
シリーズ「1-38」 より
アン・フェラン(Anne FERRAN)オーストラリア在住

1949年オーストラリア、シドニー生まれ。ニュー・サウスウエールズ大学ファインアーツカレッジ修士課程修了。80年代より国内外にて広く活躍し、女性の性と表象の理論に影響を受けた「Carnal Knowledge」展(84年)、「Scenes on the Death of Nature」展(86年)により、写真を用いたアーティストとしての高い評価を確立した。
90年代半ばからはオーストラリアの植民地時代の過去について、無名の女性や子供の生活から焦点をあてた作品や、オーストラリアやニュージーランドの写真アーカイブなどを用いた作品の制作を行っている。
99年には奨学金を受け、ほとんど知られていない女性精神病院の写真アーカイブのリサーチを行い、「INSULA」及び「1-38」展として発表。2001年からは中央タスマニアの小さな村にある、19世紀半ばには女性が働く工場や女性服役者の監獄の跡地であり、現在は当時の俤をほとんど消失した場所の写真を撮影した「Lost to Worlds」シリーズを制作するなど、写真によって土地がもつ記憶をいかにして解き放つことができるのかを問いかけている。

作品はオーストラリアの主要なパブリック・コレクションに収蔵されており、オーストラリアを代表するアーティストの一人である。

<作家の言葉>
 シリーズ「1-38」は、シドニーの精神病院で1948年に撮られた女性患者の小さな写真アーカイブに基づいています。今日では、誰もこの女性たちが誰なのか、誰が写真を撮ったのか、撮影された理由は何だったのかを覚えていません。写真はすべて膝上までのポートレートで、女性が写真の大体の中心にいます。写真のほぼ半分には看護婦が写っていて、患者を監視、拘束をしているものもいますが、より多くは画面の外からのばされた添え手だけが写りこんでいます。
 私は、この女性たちの生存の証として、これらのイメージが世に出ることが重要だと感じました。このシリーズ「1-38」では、こうした判断と、彼女たちを公にさらすことによって生じるプライバシー侵害のリスクとのバランスをとろうとしました。オリジナルのイメージを胴体の中間部で切ると、彼女たちのジェスチャーから受けるインパクトはより強くなりました。また、彼女たちの顔を同じフィルムに連続的に重ねることによって、誰でもあり、誰でもない者を同時に示す不明瞭なイメージにもたどり着きました。(シリーズ「1-38」についてのアーティスト・ステートメント)
【個 展】 
2006
Backwater, Stills Gallery, シドニー、オーストラリア
2004
Any Body, Sutton Gallery, メルボルン、オーストラリア
2003
1-38, Stills Gallery, シドニー、オーストラリア
INSULA, SCA Gallery, Sydney College of the Arts, シドニー、オーストラリア
2002
Float, Sutton Gallery, メルボルン、オーストラリア
Spill, National Museum of Australia, キャンベラ、オーストラリア
2001
Lost to Worlds, Sutton Gallery, メルボルン、オーストラリア
Flock, Dunedin Public Art Gallery, ダニーデン、ニュージーランド
Lost to Worlds, Stills Gallery, シドニー、オーストラリア
2000
You Are Here, Australian Centre for Photography, シドニー、オーストラリア
1996
Where are you now? Australian Centre for Photography, シドニー、オーストラリア
1989
I Am the Rehearsal Master, Australian Centre for Photography, シドニー、オーストラリア他
1988
C’est moi le repetiteur, Cite Internationale des Arts, パリ、フランス
1986
Scenes on the Death of Nature, Performance Space Gallery, シドニー、オーストラリア
1984
Carnal Knowledge, Performance Space Gallery, シドニー、オーストラリア
【グループ展】 
2008
The Ground, The Air, Tasmanian Museum and Art Gallery, タスマニア、オーストラリア
2007
Reveries:Photography & Motality, National Portrait Gallery, キャンベラ、オーストラリア他
2006
Zero: new work by contemporary New Zealand and Australian photographers, Te Manawa Museum and Gallery, パーマーストン・ノース、ニュージーランド他
2000?
Images of Women by Women, Monash Gallery of Art, メルボルン、オーストラリア
1996
The Power to Move, Queensland Art Gallery, ブリズベン、オーストラリア
1991
The Corporeal Body, Drill Hall Gallery, キャンベラ、オーストラリア
【出版】 
2009
“Anne Ferran”, exhibition catalogue, Tasmanian Museum and art Gallery,
2001
Anne Ferran, “Lost to Worlds”, exhibition booklet,
【受賞】 
2006
Clemenger Contemporary Art Award, National Gallery of Victoria
2003
Gold Coast Ulrick Schubert Photographic Art Award
【パブリックコレクション】 
National Gallery of Australia, Canberra; National Gallery of Victoria, Melbourne; Monash University, Victoria; Art Gallery of South Australia, Adelaide; Queensland Art Gallery and the Art Gallery of New South Wales; International Museum of Photography, George Eastman House, USA他多数

第25回東川賞《国内作家賞》 "The Domestic Photographer Prize"
「青森県平川市」 2006年
柴田敏雄(しばた・としお)東京在住

1949年東京生まれ。東京芸術大学美術学部(絵画科油画専攻)修士課程修了。75年にベルギー文部省より奨学金をうけ、ゲント市王立アカデミー写真科に入学し、写真を始める。
80年代からダムやコンクリート堰などの人工的な構造物を写した写真を発表する。大型カメラによって精緻かつ厳密に構成されたモノクロームの作品は、その美しさに目を奪われるともに、日本の風土が含意する社会問題やそれに対する批判意識も想起させる。「日本典型」と題するシリーズにより、92年には第17回木村伊兵衛賞を受賞。

90年代にはシカゴ美術館からのコミッションワークとしてアメリカでの撮影を行い、ダムなどの巨大建造物を、抽象的で幾何学的な構成のなかに収めた作品を発表。「水」に焦点をあてた作品や、近年ではカラーでの撮影を行うなど新たな展開をみせる。「ランドスケープ」を独特の視点からとらえた写真家として、国内外で高い評価を得ている。

<作家の言葉>
 賞をいただくきっかけとなりました「ランドスケープ―柴田敏雄展」では、初期の作品である夜のハイウェイシリーズ、1980年代末から続けてきたモノクロ作品、そして2004年頃から始めたカラー作品で構成しました。
 夜の写真は、ベルギー留学から戻ったとき日本の混沌とした景観にどう対峙したらよいのか迷い、悩んでいた中で撮影したものです。その後、8×10のモノクロで日本のインフラストラクチャーにフォーカスした作品を取り続けていました。カラーを始めたのは、ずっとモノクロのフィルターを通して風景を見、作品を作ってきましたが、他にも違ったアプローチで作品を作れるのではないかと思ったからです。
夜の写真、カラーの作品とも写真美術館のような大きな美術館で発表するのは初めてのことでしたので、どんな反応があるか期待と不安が入り混じった気持ちでした。おかげさまで展覧会はとてもよい評価をいただきました。この機会を下さった写真美術館、および長年サポートしてくださった皆様に心からお礼を申し上げたいと思います。そしてすばらしい賞を下さり、本当にありがとうございました。
【個 展】 
2008
「ランドスケープー柴田敏雄展」、東京都写真美術館、東京
2007
「Color works」ギャラリー・ルイゾッティー、サンタモニカ、カリフォルニア
「Work : Man」ツァイト・フォトサロン、東京
2006
「Waterfolio」双ギャラリー、東京
2003?
「Falling Waters」ローレンス・ミラー・ギャラリー、ニューヨーク
1998
「Toshio Shibata」パリ国立写真センター、パリ
1997
「Toshio Shibata」シカゴ現代美術館、シカゴ
1995
「個展」クリーブランド美術館、クリーブランド、オハイオ
「Concrete / Abstract」ポートサイド・ギャラリー、横浜
1993?
「Toshio Shibata」シカゴ美術館、シカゴ
「Monuments」パストレイズ・フォトギャラリー、横浜
1989
「日本典型:Quintessence of Japan」番町画廊、東京
1988
「日本点景:On the spot」、ツァイト・フォトサロン、東京
1982
「ディオラマのように」ツァイト・フォトサロン、東京
【グループ展】 
2007
「水の情景―モネ、大観から現代まで」展、横浜美術館、横浜
「Joy of color」ローレンス・ミラー・ギャラリー、ニューヨーク
2006
「Les preintres de la vie moderne」ポンピドー・センター、パリ
2003
「日本写真史展」ヒューストン美術館、ヒューストン
2000
「OPEN ENDS: Architecture Hot and Cold」ニューヨーク近代美術館、ニューヨーク
1989
「現代写真の動向展」川崎市市民ミュージアム、川崎
【出版】 
2004年
「DAM」Nazraeli Press, USA
1998年
「VIEW」光琳社
1994年
「TERRA」都市出版社
1992年
日本典型」朝日新聞社
【受賞】 
2009
写真家協会賞作家賞
1992
第17回木村伊兵衛写真賞
【パブリックコレクション】 
ブラッセル王立美術館/ハンブルグ工芸美術館/横浜美術館/パリ国立図書館/川崎市市民ミュージアム/ジョージ・イーストマンハウス国際写真美術館/ヒューストン美術館/東京国立近代美術館/ニューヨーク近代美術館/東京都写真美術館/サンフランシスコ近代美術館/パリ・ヨーロッパ写真館/ゲッティー美術館 /ヴィクトリア&アルバート美術館 他多数


第25回東川賞《新人賞》 "The New Photographer Prize"
シリーズ「Mt.Fuji」より
石川直樹(いしかわ・なおき)東京在住

1977年東京生まれ。東京芸術大学大学院(美術研究科)博士課程修了。2000年、Pole to Poleプロジェクトに参加して北極から南極を人力踏破、2001年、七大陸最高峰登頂を達成するなど、世界各地を自らの足で探訪するとともに、写真を撮る。
 2007年には、先史時代の壁画をテーマとした写真集「NEW DIMENSION」と、温暖化が進むなか過渡期にある北極圏の現代を10年かけて写した写真集「POLAR」を出版。2008年には、フランスのドルドーニュ地方に行ったときに出会った不思議な家屋に想を得て、風土や環境に即したヴァナキュラー建築を世界各地で撮影した写真集「VERNACULAR」を出版。また、同年には日本の象徴としての眺めるための富士山ではなく、登るための山という視点からとらえた新しい富士の写真集「Mt. Fuji」も上梓するなど、旺盛な出版活動を行う。
 人類学、民俗学などの領域に関心をもち、行為の経験としての移動、旅などをテーマに作品を発表し続けている。

<作家の言葉>
 写真を撮影するにあたってぼくが大切にしてきたのは、何を撮るかということではなく、なぜそれを撮るのかという動機の部分である。
 『Mt.Fuji』は、19歳の頃から毎年のように富士山に登るなかで、その地肌に触れるように撮影してきた末にできあがった。日本という土地に古くからすり込まれてきた“眺める山”としての富士山ではなく、“登る山”としての富士山を、自分との関わりの中でとらえる。そうした思いが本作の出発点にある。
『VERNACULAR』は世界中の風土建築と呼ばれる住居と、それを繋ぎ止める人々の身ぶりを写している。グローバル化する世界のなかで、差異性と統一性を内包する風土とは何か、という問いに対する自分なりの回答がこの写真集となっている。
前年に出版した『NEW DIMENSION』、『POLAR』を含めた4つのシリーズは、自分自身の「なぜ撮るか」という問いに正面から答えたものであり、目の前に立ち現れた新しい世界に対する自らの反応そのものであるといえる。いまの自分と世界とのあらゆる関わりを、ぼくはこれらの作品にすべて注ぎ込み、そのことに対して評価をいただけたことは素直に嬉しい。これからも新しい世界と出会うべく、ぼくは撮り続けるだろう。撮り続けるしかないと思っている。


【個 展】 
2009
「Mt.Fuji」大阪ニコンサロン、大阪
「TRAVELOGUE 2000-2009」ミュゼふくおかカメラ館、富山
2008
「VERNACULAR」PLACE M、東京
「Mt.Fuji」銀座ニコンサロン、東京
「VERNACULAR」銀座INAXギャラリー、東京
2007
「POLAR」SCAI THE BATHHOUSE、東京
「NEW DIMENSION」銀座ニコンサロン・大阪ニコンサロン、東京・大阪
「POLAR」コニカミノルタプラザ、東京
2005
「THE VOID」新宿ニコンサロン、東京
2003
「for circumpolar stars 極星に向かって」エプサイト、東京
【グループ展】 
2009
「ARTIST FILE 2009」国立新美術館、東京
2008
「NOW JUMP: Nam June Paik Festival」 Nam June Paik Art Center、ソウル
「Five Photographers Show」ギャラリー・イルム、ソウル
「祈りの痕跡。展」 21_21 DESIGN SITE、東京
「現代写真の母型2008」川崎市市民ミュージアム、神奈川
2007
「目黒の新進作家―七人の作家、7つの表現」目黒区美術館、東京
2006?
「epSITE retrospective 1998-2006」エプサイト、東京
「New Visions of Japanese Photography」雅巣画廊、上海
「THE EXPOSED of the art」CASO、大阪
2005
「SKY HIGH」 KPOキリンプラザ、大阪
2004
「フォトドキュマン STILL & MOVE」杜のホールはしもと、神奈川
「On The Edge of Nowhere 二つの異なる“自然”」kuspace wien、ウィーン
【出版】 
「VERNACULAR」赤々舎/「Mt.Fuji」リトルモア、2008年
「POLAR」リトルモア/「NEW DIMENSION」赤々舎、2007年
「THE VOID」 ニーハイメディアジャパン、2005年
「POLE TO POLE 極圏を繋ぐ風」 中央公論新社、2003年
【受賞歴】 
2008
講談社出版文化賞、日本写真協会新人賞
2006
さがみはら写真新人奨励賞、ニコンサロン三木淳賞
【パブリックコレクション】 
上海視覚芸術大学/東京都現代美術館

第25回東川賞《特 別 賞》 "The Special Prize"
シリーズ「ON_沙流川」より
露口啓二(つゆぐち・けいじ)札幌在住

1950年徳島県生まれ。東京の大学を卒業後、札幌に移住し、写真家として活動をはじめる。1989年フレメン写真製作所設立。2002年、ローマ、パリ、東京を巡回した「現代日本写真/Black Out」展では、現代日本の気鋭の写真家8人のうちの一人に選ばれる。2004年には、横浜美術館で開催された「ノンセクト・ラディカル 現代の写真V」に出品するなど、現代において重要な問題を提起する写真家として注目を集めている。
 2002年にはじめて発表した「地名」シリーズでは、アイヌ語に起源をもつ北海道に現存する地名が、かつてある「音」で呼ばれ、その音が変化しながらも継承されて「漢字表記」され、現在の土地の地名として使用されていることに視線を向ける。地名の根拠となった場所を探し出して撮影し、視覚化することによって、音と、意味と、イメージの間に生じるずれやゆがみを「風景の亀裂」として顕在化させようとする意欲的な作品である。
 そのほか、現在の札幌市の中心部西方に位置し、かつて「サッポロ」と呼ばれた地にあった三つの湧水池(メム)とそこを源流とする四つの川が流れていた地域を撮影した「ミズノチズ」や、北海道沙流川流域を、その場所の音や大気の温度、湿度、光などの皮膚感覚に感応しながら撮影した「ON-沙流川-」のシリーズなどを、札幌を拠点に展開している。

<作家の言葉>
 「地名」は北海道の、アイヌ語を起源としながらもいつかそれが漢字表記された地名を持つ場所を撮影し、数ヶ月の時間をおいて再度同じ位置から最初の写真の右もしくは左を撮影した写真を合わせて、一組としたものです。その場所は、地名に導かれ、原初の音や意味から大きくずれてしまった地名を持つ未知の土地との、遭遇の場所でもあります。
 「ON_沙流川」は、日高地方を流れる沙流川を、松浦武四郎の記録をたよりに、かつてアイヌの人々が名付けた沢や谷を、そこに漂う音や匂いを、可能な限り意識しながら、撮影したものです。そこで私は、視覚に支配されながら、視覚から微かにでも遊離することを夢見ています。

【個 展】 
2008
「アフンルパルex.1」岩佐ビル(札幌)
2002
「地名」LIGHT WORKS (横浜)
1995
「A skin flick 」INAX ギャラリー(札幌)
1981
「触物紀」駅裏8号倉庫(札幌)
【グループ展】 
2007 「札幌の美術」札幌市民ギャラリー(札幌)
2004 「ノンセクト・ラディカル―現代の写真−」横浜美術館(横浜)
2003 「ブラックアウト」国際交流基金フォーラム(東京)、日本文化会館(パリ)
「札幌の美術」札幌市民ギャラリー(札幌)
2002 「ブラックアウト」日本文化会館(ローマ)
2000 「写真の交差"まなざしのちから"」札幌フォトライブラリー(札幌)
1999 「写真の交差"まなざしのちから"」札幌フォトライブラリー(札幌)
1994 「現代写真の眼」札幌市フォトライブラリー(札幌)
1990 「プリントアドベンチャー'90」北海道近代美術館(札幌)
1986 「東京デザイナーズスペース新人展」 TDSギャラリー(東京)
【出版】 
2008年
「アフンルパルex.1」書肆吉成
【受賞】 
1995
読売新聞広告賞食品部門賞
1994
毎日広告デザイン賞・第二部最高賞
1985
毎日広告デザイン賞・入賞
1981
毎日広告デザイン賞・入賞